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先日の事ですが、私は10年以上連絡を取っていない女性にメールを入れました。


その女性とは、実際には全くお会いした事はありません。

ネット上で彼女から声を掛けられた事が始まりで、数通のメールのやり取りをしましたが、彼女は色々な事に悩んでいました。

職場の事やご家族との事など、悩みの多い女性でした。

でも、とても真面目な女性である事は、実際の彼女に会わなくてもわかりました。


10年以上も連絡を取り合っていませんでしたが、私の頭の片隅には彼女の事が引っかかっていました。

時々、彼女はどうしているだろうか、今も何かに悩んでいるのではないだろうか、幸せに暮らしているのだろうか、と、とても気になっていたのです。


それで、思い切って彼女にメールを入れてみる事にしたのです。

でも、私が知っているのは10年以上も前の彼女のドコモメールのアドレスとネット上の愛称だけでした。

もしかしたら、もう、このアドレスは変わってしまい、存在していないかも知れない。

また、10年以上も経過しているので、彼女は私の事など憶えていないかも知れません。

憶えていたとしても、今更、私からメールを貰っても、迷惑だと思うかも?

そんな事を色々と考えながら、それでも、メールを送信しました。


送信したメールは、簡単な私の近況と、もしご迷惑でなければ、簡単でいいので返信が欲しい、また、ご迷惑ならば、このメールは無視して下さい、と記しました。

それも、メールを送ったのは、夜中の1時30分でした。

そんな時間だったのですが、電話ではなくメールなので、その時間でも許されるかな?と。(^-^;

ただ、そのアドレスがもう存在していなければ、メールはすぐに戻って来てしまうでしょう。

メールを送信して、しばらく、あて先不明で戻って来るかもと待ちましたが、あて先不明で送信不可で戻って来ることはありませんでした。


これで、私の気持ちだけは送る事が出来たのだ、と思い、ホッとしました。


メールを送ったのが6月30日の午前1時半、その日は彼女からの返信はありませんでした。

やっぱり、迷惑だったのも知れないなぁ・・・と思っていました。

ところが、翌日、7月1日、彼女からメールの返信が届いたのです。

彼女の返信に気付いたのは1日遅れの昨日の夜でした。


彼女らしい、丁寧な文面の返信メッセージでした。

相変わらず、現在も悩み多き女性ですが、一生懸命生きている事がわかるメッセージ。

彼女が今も、悩みながらも元気で過ごしている事を知り、本当に嬉しいと思いました。

彼女の返信メールで、私は本当に感動しました。

「縁」というものは、やっぱりあるんだなぁと思います。


「私は一人ぼっち。誰も私の事は思ってくれない。」と悩んでいる人がいたら、こんな事もあるのだと思って欲しいと思います。

あなたが気が付かなくても、どこかであなたの事を気に掛けている人がいるかも知れないのです。

もし、あなたが今一人ぼっちだとしても、誰かにSOSを発信したら、応えてくれる人がいるかも知れない。

だから、諦めずに、ためらわずに、勇気を出して、声をあげてみて下さい。

世の中には、私のような、ちょっとお節介な?人間が、たくさんいるのですよ。(^-^)




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普通、人間は嫌な出来事や悲しい思い出は無意識に記憶の引き出しにしまい込むものらしい。

私自身も、嫌な出来事や悲しい思い出はあまり憶えていません。

今でも忘れられないと思うのは、小学生の頃、抵抗する私を父が押さえつけ、母に無理やり、腰まで伸ばしていた髪を短く切られた事と、社会人になって初めて交際し、結婚を考えていた男性から、「明日から、恋人じゃなくて、お前の兄貴になるよ。」と言われた時の記憶くらいです。

どちらの時も、一晩中泣き明かした事を憶えています。


長かった髪を母に切られたのは、毎朝自分で髪を結う事が出来なかったからでした。

「恋人から兄貴になる。」と言うのは、交際していた男性が、「お前を手放すのはイヤだけど、もっと遊びたい。」と思ったから。

その男性からは後々プロポーズをされたのですが、結果的にはそのプロポーズはお断りしました。


どちらの経験も、たまに思い出すと今でも悲しい気持ちが甦ります。

でも、普段の生活で、その事を思い出す事は滅多にありません。

楽しかった出来事や嬉しかった出来事を思い出す事の方が圧倒的に多いです。


人は、楽しかった出来事や嬉しかった出来事を考えていると、前向きに生きる事が出来ます。

でも、中には、嫌な出来事や悲しい思い出を記憶の引き出しにしまい込むことが出来なくて、その事ばかり考えてしまう人もいます。

そういう人は、後ろばかり見て過去を引きずり、人生が楽しくないし、自分の存在価値を見出せなくなったりします。


確かに、過去の嫌な事や悲しい思い出は、一生なかった事には出来ません。

でも、そんな思い出は、早く自分の記憶の引き出しにしまい込んでしまいましょう。

そして、なるべく楽しかった事、嬉しかった事を思い出すようにして、明日の自分を見るように心掛けましょう。

そうすれば、きっと、自分自身にも優しい生き方が出来るのではないでしょうか。




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今回は「愚痴」について考えてみたいと思います。


先ず、「愚痴」とは一体どんなものでしょうか。


愚痴

言ってもしかたのないことを言って嘆くこと

(引用 デジタル大辞泉)


言っても仕方のない事を言う事を「愚痴をこぼす」と言います。

世間一般的には、愚痴はこぼさない方がいい、とされています。

確かに、言っても仕方のない事ならば、言わない方がいいのかも知れません。


でも、私たちは全ての事が自分の思い通りに進んでいる訳ではありません。

こうであって欲しいと望んでも、その通りでない場合もありますし、こうなって欲しいと望んでも、願い通りに物事が進むとは限りません。

また、理不尽な事を言われたり、されたりする事も少なくありません。


そういう場面にさらされた時に、人は不満を抱いたり、我慢する事によりストレスを抱えてしまったりするのでしょう。


愚痴をこぼさなくても、ストレスを溜めることなく、心の切り替えが出来るのならば、愚痴はこぼさないに越した事はありません。

でも、全ての人の心がそんなに強い訳ではありません。

誰かに自分の思いを話さないと、溜まってしまったストレスを発散する事が出来なくなり、鬱の症状が出てしまう人もいるでしょう。


私は、愚痴はこぼしてはいけないものではないのだと思っています。

愚痴をこぼす事により、心がスッキリして、頑張る元気も出て来るのならば。

ただ、その愚痴を、何度も何度も繰り返してはいけないのです。

そして、愚痴をこぼす相手も選ばなくてはいけないのだと思います。


誰彼構わずに愚痴をこぼしてはいけません。

何故なら、愚痴は、時には聞いている相手の気持ちにも悪影響を及ぼす可能性があるからです。

そして、愚痴ばかりこぼしている人からは、自然と周りが距離を置くようになってしまいます。


どんな愚痴でも受け止めてくれる、信頼できる友人が居れば、それに越した事はありません。

でも、そんな友人は自分には居ないという人は、カウンセラーを上手く利用するのも1つの方法だと思います。


愚痴を吐き出して心をスッキリとさせ、なるべくストレスレスな生活が送れるように努力しましょう。




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プロフィール

sinceritycounselor

Author:sinceritycounselor
人間が大好き、誰かのために、ほんの少しでもお役に立てる事が出来たら・・・。

そんな思いで、カウンセラーの資格を取得しました。

あなたの心に少しでも「小さな幸せ」が宿りますように。

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